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大津地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決 1958年10月21日

原告 近畿電気工事株式会社

被告 滋賀県地方労働委員会

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中被告支出に係る部分は被告の負担としその余は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が訴外近畿電気工事労働組合滋賀県本部と原告間の滋賀県地方労働委員会昭和三十年(不)第八号不当労働行為救済申立事件につき、昭和三十一年三月三十日付で為した命令のうち「使用者は共栄会に対する経費援助を停止しなければならない」との命令はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は電気工事の請負等を業とする会社であるが、従前より原告の滋賀支店の現場従業員である班長及び工士が組織する訴外共栄会に対し、その会員の納める会費の額の倍額の金員を運営費として供与してきた。ところが曾て共栄会に所属し後同会を脱退した班長及び工士で組織する訴外近畿電気工事労働組合滋賀県本部(以下訴外組合と略記する)は昭和三十年十二月十二日被告に対し、原告が共栄会に右金員を供与する行為は原告が訴外組合の正常な発展とその運営を阻害する目的を以て行う不当労働行為であるから訴外組合員の使用者である原告に対し、右経費援助を中止すること、右経費援助を行つてきたことについて訴外組合に対し陳謝し将来経費援助を行わないことを誓約すること及び謝罪文を各事業所に掲示することを救済の内容とする命令を求める旨の申立をした。被告はこれを昭和三十年(不)第八号不当労働行為救済申立事件として審査した上、昭和三十一年三月三十日付を以て「使用者は共栄会に対する経費援助を停止しなければならない」、申立人その余の請求は棄却するとの命令を発し、同日該命令書を原告に交付した。

(二)  しかしながら右救済命令は左記諸点について違法であるから取消を免れない。

(1)  訴外組合は救済命令申立の資格を有しない。即ち訴外組合は労働組合法第二条但書第一号に謂う使用者の利益を代表する「班長」の参加を許しているものであつて同条本文に定めるところに適合しない組合であるから、同法第五条第一項により前記の如き救済命令申立の資格なきものである。被告はこれを看過して本件救済命令を発したのであるから該命令は無効である。

訴外組合は昭和三十年四月一日頃原告の滋賀支店の従業員である班長及び工士の一部を以て結成せられている。原告の職制上「班長」とは原告の支店及び支店の営業課、工務課や営業所並出張所に工事施工の為に置かれている工事班の長であつて、従前より所属長から指示せられた工事について施工計画を立案し、資材、技術、労務、安全及び器具機械等を管理して工事を適正に施工する任務を遂行する為所属の班員たる工士を統轄する職責に在り、これが為工士の勤務について直接の監督を為し、工事内容に応じて班員を配置するのみならず、その配置のために所属長の承認を得て自ら班員の増減を行うことができ、班員の採用、異動解雇又は賞罰等の人事について所属長と共にその詮衡の結果を原告の社長又は支店長に内申し、又班員の給与(月給、昇給奨励金の配分)について査定を行うのである。

「班長」の地位を沿革的に見れば右の職務権限は明白となる。

もともと班長は下請関係から発展してきたものである。原告の業として行つている電気工事は工事現場で施工せられる関係上所謂現場監督を厳にしなければならない性質のものである為、職業安定法実施以前に於ては下請業者をして下請せしめていたもので下請業者は自らの計算で工事人夫を雇入、解雇し下請報酬金を得て工事人夫に賃料を支払い工事人夫の使用者たる地位に在つたのであるが、職業安定法施行後は所謂中間搾取の違法行為を防止する為、下請業者の地位に代る者を原告の雇入れる従業員たる班長となし、下請業者に雇われる工事人夫の地位に代る者を原告の雇入れる従業員たる工士となしたのである。けれども班長が所属班員たる工士を雇入、解雇するに当つては自ら内定し、その報告に基いて原告が雇入、解雇手続を履践するのであり、又給与についても原告より班長に対し当該班の工事出来高によつて算出した金額を内示し、班長に於て原告が予め示している一定の基準並に班長の権限として認められている裁量によつて班員各人別に算出決定した上これを原告に報告し、原告は班長の決定したところによつて賃金を支払つているのである。しかも工事施工については工事計画並に施行方法に関する原告指示に従つてその施工の為の勤務の配分並に監督は一切班長が行つており、班長の去就は直ちに原告の利益に影響し、その向背は直ちに労働関係に関する機密保持に影響するのである。かような職分を有する班長が労組法第二条但書第一号に「雇入、解雇、昇進又は異動に関して直接の権限を持つ監督的地位」及び「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し、そのためにその職務上の義務と責任とが当該労働組合の組合員としての誠意と責任とに直接てい触する監督的地位」に当る所謂「使用者の利益を代表する者」と見るに充分である。

(2)  仮りに前項が認められずとするも、原告が共栄会に対してする経費援助を為すこと自体は何等訴外組合に対する支配介入とは云えない。

共栄会は昭和二十五年春原告の従業員たる労働者のうち工士に関する制度の改正に伴つて工士の労働条件の維持改善と工士相互の親睦共済、工事方法の改善研究等を図る目的で結成せられた組合であるが会員として工士のみならず前記の如く使用者の利益を代表する班長がこれに加入しているのみならず、右会の運営については加盟会員の醵出する会費の他原告より右会費の倍額に相当する補助金を受けている労組法第二条但書第一、二号に当る労働団体であつて、同法第五条第二項にも適合しないところの所謂法外組合である。法外組合も労働者の団体として憲法並労働法上その存立を否定されるべきものでないこと因よりであつて原告が法外組合たる共栄会に対し右のように経費援助を行つていることは共栄会に対し支配介入としての不当労働行為と云い得ないところであり、又右経費援助は何等公序良俗乃至強行法規に反することのない適法なる行為である。加うるに右経費援助は訴外組合が結成される以前より原告との契約によつて共栄会が原告より獲得し来つた権利であつて原告は経費援助を為すべき債務を負つているのである。訴外組合は前記の如く昭和三十年四月法内組合たることを自負して結成されて来たところで、原告が訴外組合に対しても共栄会に対すると同様の経費援助を与えるとすれば訴外組合の自主性を害する不当労働行為となる性質のものであるからこれを避けているが、さりとて共栄会に対する経費援助は前記の如く原告の同会に対する債務の履行であつて原告の独断によつてこれを停止し得べきものでないのである。かくして共栄会にのみ経費援助を与え訴外組合に対してはこれを与えず同じ原告の滋賀支店に於ける両労働団体に対し差別的処遇を為していることは、一見不合理なものを感じせしめるかもしれない。しかしながらこのことは、訴外組合が法内組合であり、右経費援助の性質が労組法上訴外組合に対し与えることを許さないものであるからに他ならない。而も同一企業内に法内組合と法外組合とが併存することは何等禁ぜられるところはない。さすれば経費援助が共栄会にのみ与えられ訴外組合に与えられないという事は不可避の現象であつて何等不合理なところはない。被告が原告の共栄会に対する経費援助を捉えて訴外組合に対する支配介入行為であると為す所以は畢竟労組法上訴外組合が受けることを許されない性質の経費援助を原告が訴外組合に与えずと云う自家憧着の論理に帰すると見るの他はない。共栄会に対しては与えられるに拘らず訴外組合には原告より右のような経費援助を与えられないと云う事実によつて、訴外組合が組合の団結に関し何程かの影響を受けるということがあるかもしれない。しかしそのことは直ちに原告が訴外組合に対して支配介入を為していると速断し得べきものではなく、却つて法内自主組合と自負する訴外組合の団結意識度の低劣さを自ら暴露せるものに他ならない。原告にとつて、共栄会に対する債務の履行たる経費援助を怠つて迄も訴外組合のかような意識度の低さを積極的に向上せしめる義務は毫も存しない。原告の共栄会に対する経費援助は些かも訴外組合の自主的団結を支配介入せんとする意図に基くものではなく、又客観的にもこれによつて訴外組合の運営の妨げとなつた事跡は存せず却つて昭和三十年六月以降に於ても共栄会を脱会し訴外組合に加入する者が増加している実状である。

右の如き経費援助を以てなおしも許さるべきものでないとするならば、被告の救済命令は憲法に違反する不当なものとしなければならない。即ち憲法第二十一条は国民の結社の自由を、同第二十八条は勤労者の団結権、団体行動権を保障している。この点については共栄会及び訴外組合間に何等の優劣は存しない。ただ労組法は労働団体の意識度の強弱等によつて所謂法内組合と法外組合とに分ち労働団体の健全なる向上を図る為に随所に法内組合をより厚く保護せんとしている。しかしながら労働者が法内組合を結成すると法外組合を結成するとは労働意識の濃淡、強弱、利害の判断如何に委ねられるところであつて憲法上法外組合が法内組合より劣位に置かれる訳のものでは因よりない。共栄会は訴外組合の結成以前より存在し、本件経費援助契約も訴外組合結成に先立つて共栄会が労働団体としてその存立自営上その自主性に基いて原告よりかち得たものである。共栄会の獲得せるこの財産権も憲法第二十九条により保障せられているところであるから、労組法上法内組合と法外組合との処遇の厚薄あることによつて不当労働行為にも該当しない経費援助が―共栄会の財産権が―憲法上に於て法内組合たる訴外組合保護の為に犠牲にされなければならない理由は存在し得ない。被告の持する労働権は財産権に優先するとの見解は要するに謬見にすぎず採るに足らない。

(3)  被告の本件救済命令は「使用者は共栄会に対する経費援助を停止しなければならない」との主文であるが、その経費援助なるものの内容は如何なるものであるかは具体的に少しも示されていない。それ故かような命令は一般的禁止宣言と何ら異るところがないから、労組法第二十七条によつて被告が発すべき救済命令としては違法なものといわねばならない。

(4)  なお訴外近畿電気工事労働組合は昭和三十三年八月二十四日、共栄会は同年同月二十九日それぞれ解散し、両者が合して新労働組合を設立するに至つたので訴外組合の存在を前提とする本件救済申立に対する審査命令は当然取消さるべきである。

と述べた。(立証省略)

被告代表者会長は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

(一)  原告主張事実中(一)の事実及び(二)(4)の内訴外近畿電気工事労働組合及び共栄会はいずれも原告主張日時に解散し、両者合して新労働組合を設立するに至つたことはこれを認めるがその余の事実及び法律上の見解は以下の如くこれを争う。

(二)  訴外組合は労働組合法第二条本文及び同法第五条に適合する自主法内組合であるから、被告が同組合の申請に基き本件救済命令を発したことは違法ではない。

訴外組合の組合員のうちには「班長」と称せられる工士が加入している事実はあるが、被告が資格審査したる結果によれば、班長は営業所長の指示に従うのみであつて、人事又は労働関係に関する機密の事項に接する地位を有しないものであることが明らかである。即ち班長は班員の採用について全く何等の権限を有しない。従来原告が工士を採用するについて班長に対し査定基準を示して採否につき関与せしめた事実なく班長等は嘗てそのような経験を有しないところより如何なる方法を以て採否の内申をするのかそれさえ知らないというのが実状である。臨時工を本採用とする場合に於ても原告は今日迄班長に対しその意見を求めたことなく、班長より意見を具申した事実もない。班員の職場異動についても班長には何らの権限がない。班長は所属長の命による作業施行計画内に於て班員を作業に配置する権限を有するにすぎない。解雇に関しても班長は班員を解雇する権限を有しない。臨時雇傭の者であると常傭者であるとを問わず、これまで班長が解雇につき社長又は支店長に対し内申したという事例は全く存しない。更に給与の関係についても、班員の給与について原告主張の如き査定を行うということは全くなく単に原告会社の工士就業規則第三十一条第二項所定の意見の具申を為し得るにとゞまるものである。かように班長は班員の採用、解雇、異動、給与等に関して直接の権限を持つ監督的地位に在るものでもなく、又その職務上の義務と責任とが当該労働組合員としての誠意と責任とに直接に低触する監督的地位に在るものでもない。

原告は職業安定法施行以前の工事施行の実態が下請関係であり、その下請業者が班長となつたとの沿革を縷説して班長の職務権限につき強弁するが、従来下請業者であつた者で現在も班長として止つている者はない。仮りにありとしても班長と班員たる工士の間には下請当時のような従属関係は既に消滅している。電気工事は他の機械等の生産事業と異り、その工程の大部分を労働にまつものであるから、工事の受註量に応じ当時労働力を調節する必要があり、このような会社の利益に重大な影響を及ぼす労務者の雇入、解雇等労働力管理の実質的権限を単に一工事場の責任者にすぎない班長に与えているとは到底考えられない。仮りに原告主張の如き権限が訴外組合の班長にあるとしてもそれは直接的のものではなく、間接又は補助的のものであるからやはり使用者の利益代表者というに当らない。

以上班長の職務権限についての原告主張従つて訴外組合が労組法第二条本文、第五条に適合しない組合であるとの点は失当であるが、従来原告は訴外組合より経費援助の要求に対し訴外組合が法内組合であるからとの理由でこれを拒んできており、訴外組合を法内組合と認定した被告の処置に対し本訴以前に原告はこれを異議の理由としておらず訴外組合の救済命令申立の審問の際にもこれを争わず、自ら訴外組合が法内組合であることを暗黙に承認する態度をとつてきている。

(三)  原告が訴外共栄会に対し為す経費援助は訴外組合に対する支配介入に当る。

訴外共栄会が労組法第五条第二項の規定に適合しない労働者の団体であること、原告が主張の如き経費援助を訴外組合結成前より共栄会に対して与えてきていることはこれを認める。原告が共栄会に対して経費援助を与えることは当然には法律上禁ぜられたものとは言い得ない。而して訴外組合が原告よりかような経費援助を受けることは訴外組合の自主性を害することとなり労組法上許されない。しかしながら訴外組合の結成以前なれば格別、以後に於てなお原告が共栄会に対し右の経費援助を継続することは訴外組合に対する支配介入行為として許されないところである。それは訴外組合が労組法上受け得ないところの経費援助を与えられないが故にではなく、共栄会に対してこれを与えることによつて訴外組合員を垂涎せしめ訴外組合員たるよりはむしろ脱退して共栄会に復帰してその利益に預かろうとの気持を抱かせ訴外組合の団結を阻害するが故にである。而して経費援助によつて現にその効果を奏しているか否かを問う迄もなく、これを放任すれば訴外組合の団結が阻害されることの予見される現実的危険性を充分含んでいるのであるから、単に訴外組合の団結意識水準の高低の問題に止るものではなく、既にこれを支配介入行為と見るべきものである。現に原告は訴外組合の維持発展を阻害する意思を以て行つてきていることは明らかであり、客観的にも訴外組合の充実発展の妨となつている。原告は右経費援助は訴外組合結成以前より共栄会が原告より獲得し来つた権利であつて原告は共栄会に対し経費援助を為すべき債務を負つている旨主張するが、共栄会の会則(甲第二号証)第二十九条には、この会の経費は会費及び寄付金その他の収入を以て充て事業経営に要する資金は会員の出資又は借入金によることができる。第三十条には、この会の会費は左記による。毎月班長一五〇円、班員一〇〇円、但し必要に応じ会員の過半数の賛成のあつた場合には臨時費を徴収することができる。とあり、原告の経費援助については何等規定するところがない。これは畢竟原告の経費援助は、共栄会に対する寄付金即ち恩恵的一方的給付であつて、会社に利益があれば給付するが、そうでなければ給付しないという会社の任意的なもので原告主張の如き契約上の債務と見るに当らない性質のものである。

かような性質の経費援助をもなお私法上認められた権利の行使であると称するならば、正に権利の濫用というべきである。蓋し原告の行う経費援助は原告にとつて何等の利益をも齎らすものではなく、更に同一職場に在る特定の労働者団体にのみその利益を得せしめ他の者にはこれを与えずして憲法以下労働法規に於て保障している労働者の団結権を侵害しようとするもので、権利行使に名を藉り御用組合の育成を通じて正常な労働組合の維持発展を圧迫阻害するものに他ならない。権法及び労働法規はかような労働基本権の侵害を不当労働行為として排しているものであつて、不当労働行為となる如き私法上の契約は公序良俗に反するものといわねばならない。

(四)  原告は本件救済命令の主文は一般的禁止宣言と異らないから違法であると主張するが、原告が現に具体的に共栄会に経費援助を為し来り将来にもこれを継続する虞があるのであるから、その禁止を命ずるものであつて、理由と相俟ち主文に何ら不明はないからこの点の原告主張も失当である。

と陳述した。(立証省略)

理由

原告は電気工事の請負等を業とする会社であるが、従前より原告の滋賀支店の現場従業員である班長及び工士が組織する訴外共栄会に対しその会員の納める会費の額の倍額の金員を運営費として供与してきたところ、曾て共栄会に所属し、後同会を脱退した班長及び工士で組織する訴外近畿電気工事労働組合滋賀県本部は昭和三十年十二月十二日被告に対し原告が共栄会に右金員を供する行為は原告が右訴外組合の正常なる発展とその運営を阻害する目的を以て行う不当労働行為であるから、訴外組合員の使用者である原告に対し、右経費援助を中止すること、右経費援助を行つてきたことについて訴外組合に対し陳謝し、将来経費援助を行わないことを誓約すること及び謝罪文を各事業所に掲示することを救済の内容とする命令を求める旨の申立をしたので、被告はこれを昭和三十年(不)第八号不当労働行為救済申立事件として審査した上、昭和三十一年三月三十日付を以て「使用者は共栄会に対する経費援助を停止しなければならない。」申立人その余の請求は棄却する、との命令を発し、同日該命令書を原告に交付したことは当事者間に争の存しないところである。ところで原告は右共栄会に対する原告の右援助は訴外組合に対し何等支配介入と為らず、又かかる意図の下に行つてきたものではない旨等を主張して右救済命令の取消を求めて係争中、右訴外組合が昭和三十三年八月二十四日、右共栄会が同年同月二十九日それぞれ解散し、両者が合して新労働組合を設立するに至つたことも亦当事者双方に争のないところである。

そうすると「使用者は共栄会に対する経費援助を停止しなければならない」との被告の発した右命令は、原告に命ぜられた不作為の相手方たる右共栄会が解散して消滅してしまつた今となつては、原告がそれを遵守しようにも遵守するに由なく又違背すべき可能性も生じ得ないところとなり、たとえ右命令が存続するものとしても、原告にとつて何等の義務或は負担を伴うものではなく全く覊束すべき内容を失い形骸を残すに過ぎない状態となつたものといわねばならない。

かような事態はもはや命令を存続せしむべき必要性が無くなつたと言い得ることは確かであるが、一般に行政処分庁によるその処分の取消変更は、処分に違法が存するとか或は処分後その処分の存続が不必要となつた等その処分により一応現に有するものとされる執行力の全部又は一部を排除せんが為に為されるのであつて、本件の如き当初有した覊束すべき内容を全く失い現に執行力を持ち得ざるに至つた場合にも常に行政処分庁は命令の存在自体の取消を行うべきものであろうか。かような法的根拠乃至は行政慣行が存すると見ることには躊躇せざるを得ない。かような排除すべき執行力をも有しない命令はその存在の取消変更を為すべき実益すら存しないと見るべきであろうし、もとより執行力を失うに至つたが故に該命令の存在自体が命令を違法ならしめるに至るとは言い得ない。そうだとすれば執行力を有しない本件命令が存在することには何等違法とすべきところはないのであつて、却つてかような命令の取消を求める法律上の必要ないし利益が存在しないものといわなければならない。よつて右命令の取消を求める原告の本訴請求は訴の利益を欠くものとして失当であること明らかであるから原告の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の点については本件訴訟終結の事情に鑑み民事訴訟法第八十九条、第九十条後段を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小野沢竜雄 林義雄 古川秀雄)

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